卵は焼いたり茹でると固まる…というのは、料理に興味がない人でも知っている一般的な知識ですが、実際はどれくらいの温度で固まるのでしょうか?また、加える調味料によってどのような効果があるのでしょうか?これらの知識をおさえたうえで、卵料理で重要な加熱調理の方法について考えていきます。
卵の凝固温度
卵の固まる温度を調べてみると、思ったよりも複雑なことに気づきます。なんと卵白と卵黄は固まる温度が違うのです。ここでは、卵白・卵黄それぞれの凝固温度とその理由について見ていきましょう。
卵白の凝固温度
まずは、卵白が固まる温度についてです。
卵白の凝固は主に二段階で大きな変化が起こります。1回目は63~65℃付近、2回目は80℃付近です。
凝固が二段階になるのは、卵白に含まれる複数のたんぱく質がそれぞれ異なる温度で凝固するからです。1度目の凝固(60℃付近)はオボトランスフェリン、2度目の凝固タイミング(80℃)ではオボアルブミン(卵白アルブミン)というたんぱく質が凝固します。その他、リゾチーム(だいたい70℃前後で凝固)などのたんぱく質もこれらの温度帯で段階的に凝固しますが、調理時に大きな影響を与えるのはやはり前述の2度のタイミングとなります。
また、卵白に含まれるオボムチンというたんぱく質は、80℃よりも高い温度で凝固します。このたんぱく質が多く含まれるのが、濃厚卵白(卵白のなかでも、固めの卵白のこと)や卵黄の近くにあるカラザです。卵焼きをつくったときに最後までドロドロしたカラザ部分が残ってしまうのはこのたんぱく質の性質によるものです。
卵黄の凝固温度
つづいて、卵黄が固まる温度についてみていきます。
卵黄の凝固は65~75℃で起こります。凝固の様子としては、65℃付近でとろみがつきはじめ、70~75℃で固まるという具合です。
卵黄は卵白と比較すると温度に敏感で、凝固温度の幅がそれほどありません。また、目玉焼きやゆで卵などの調理では、卵白に覆われていたりクッションになっていて卵黄自体が熱源から遠ざかることが多いので、火入れのコントロールが難しい傾向にあります。
全卵の凝固温度
全卵を溶き卵にした場合は、凝固の目安としては73℃前後となります。
調味料による凝固の変化
卵を加熱調理する際には、さまざまな調味料を入れると思います。調味料を加えると、卵の凝固や食感等にはどのような変化があるのでしょうか。代表的な調味料について、その効果を見てみましょう。
塩・酸(酢・レモン汁等)
調味料として塩や酸を加えると、凝固温度が下がり、低い温度でも卵が固まりやすくなります。一方で、仕上がりは柔らかくなるという作用もあります。
これらは、塩や酸が卵のたんぱく質に作用して、たんぱく質同士がくっつきやすくするために起こる現象です。
もう少し具体的にみるために、卵の中身を分子レベルで話をすすめます。卵のたんぱく質はだいたいが負の電荷をもっていて、磁石のようにたんぱく質同士が反発して一定の距離を保っています。ここに塩を入れるわけですが、塩は溶けることで正イオンと陰イオンに分かれ、たんぱく質の電荷を中和していきます。この反応によって、たんぱく質同士の反発がゆるんでくっつきやすくなるというわけです。
酸についても結果的に同じような効果になりますが、塩とは異なる経路でこの変化が起きます。酸を加えると卵自体のpHが下がり、たんぱく質同士の負の電荷が弱まります。これによりタンパク質同士の反発がゆるんで、くっつきやすくなるというわけです。
ここで注意が必要なのは火入れした卵の硬さを強めるわけではないということです。むしろ、塩や酸を加えることで仕上がりは柔らかくなります。これは、完全な結合の準備が整う前に結びつきはじめてしまい、結果的に不完全な結合になるため起こります。あくまでも「凝固しやすくなる」だけであることがポイントです。
牛乳・水・砂糖
調味料として牛乳や砂糖、水を加えると、凝固温度が上がります。つまり、卵の凝固を緩やかにして遅らせる効果があります。
この効果は、物理的に卵が希釈されたり、たんぱく質同士のくっつく力を弱めることにより起こっています。
凝固温度に到達した時、たんぱく質同士はくっつこうとします。しかし、牛乳や水などを加えると周りの水分や脂質が邪魔をしてくっつきにくくなります。砂糖に関しても同様に、たんぱく質の分子がショ糖の分子に囲まれることによってくっつきにくくなり、結果的に凝固が穏やかになるというわけです。
卵の食感のコントロール
これまで見てきたように、卵の食感の大きな部分を左右するのは加熱温度であり、そのコントロールをしやすくするのが調味料ということがわかりました。実際に食感をコントロールするには具体的にどのような方法があるのかを最後にまとめます。
トロトロした食感をつくる
半熟オムレツやたんぽぽオムライス、スクランブルエッグのようなトロトロの食感を持たせるためには、卵を半熟の状態で維持する必要があります。つまり卵が完全に固まりきる凝固温度よりも下の温度で調理する必要があります。
そのためにはコントロールしやすいように、卵の凝固を緩やかにする調味料を加えます。一般的なレシピには、牛乳やクリームを入れられることが多いですが、そのほかバターなどを加えても凝固を緩やかにする効果は得られます。また、これらの調味料を加えると凝固温度が上がるので、固まるまでの時間にある程度余裕ができ成形もしやすくなるという効果も期待できます。
ふんわりした食感をつくる
ふんわりしたオムレツや卵焼きを作りたいときは、焼き上がりの卵の生地が柔らかい状態にする必要があります。トロトロ食感と比べて許容できる温度は上がりますが、卵が硬くなりすぎない程度の水分を保持した状態で仕上げるのがポイントです。したがって、卵全体が凝固しきる直前の温度をターゲットにして加熱していくことになります。
加える調味料は、仕上がりを柔らかくする塩や酢、レモン汁など。しっかり溶いた卵液の中にこれらの調味料を加えてしばらく待つと、たんぱく質の状態が前述の通り変化して、加熱しても固くなりにくい状態になります。これらを調味料を少量加えることで理想の状態にコントロールしやすくなるわけです。この状態で焼いていけば、トロトロ食感のように固まっていない状態ではなく、しっかり固まってはいるけれどもふんわりした食感に仕上げることが通常の卵液に比べるとやりやすくなります。
ジューシーな食感を作る
だし巻き卵のようなジューシーな食感の卵料理を作る場合は、大量の水分を保持させながら卵焼きの形に成形するという必要があります。こちらも「ふんわりした食感をつくる」で見てきたように、加熱温度は卵全体が凝固しきる直前の温度が前提となりますが、加える水分量によっては火力に調整が必要になります。
卵液に加えるものとしては、水やだし汁、または水+塩、水+砂糖などの調味料が挙げられます。主に水により卵を希釈することで凝固を緩やかにしつつ、水分量や塩・砂糖などの加減により仕上がりの硬さをコントロールすることになるので、上記2つのやり方の中間と考えても良いと思います。ただし、水分量によっては成形が難しくなるので、片栗粉や小麦粉などのでんぷんを入れて形を維持しやすくするという工夫も必要になりそうです。
参考資料
[1] : マギーキッチンサイエンス Harold McGee p.82-85